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月別: 2013年7月

白夜

青い空に白い雲、、、、

ビルの隙間から見上げる夏空

時刻は午前3時すぎ

なんなのこの爽やかさ!

みんな寝ている。。。

一体どうしたんだ?

何が起こったの?

時間が溶けちまったんだって。

溶けた!?

 

キラッキラに美しい空に白鴎がスジを引くように横切る。

kamomo

 

 

White Varnish ③

Battle Age
校内のギターバトルを制した俺は物足りなくなって、うまいベースを探していただけなんだが、友人を辿って調べるうちに結果的に他校の文化祭に乗り込んでいって他校のステージ・スケジュールに無理やりセッションタイムを作らせてジャムセッションしまくり、実質殴りこみをかけていた。超高校生級のベーシストを求めてEの一発とかFGAとかVIm7ーII9なんかで延々とソロバトルをやった。負けそうになると歯で弾く奴とか、ギター投げる奴とか、アーム折れたりとか転がる奴とかいて、死屍累々だった。「ナインスって何なんすか?」っていう奴ら相手に必殺ムリムリ弦飛び速弾きをかまして俺はつぶやく。「時間が止まって聞こえる」今だとあれだ、MATRIXの弾除け背泳ぎ的な感覚だったかもしんない。

以上主観的にはこの通りだったのだが、今録音を聞くと、まごうことなき黒歴史であり、痛くて痛くて劇物である。寒いっ!チム! み、、、みんなも経験あるよねっ!(;´д`)

High-School festival in adolescence.
高校は男子校だった。したがって男子の巣窟は暑苦しく臭く、殺伐としていた。受験勉強の合間のはずなのだが文化祭シーズンになると、予備校でナンパした女子校生から芋づる式に入場券を入手し売りさばいたり、何らかの貸しを返したりする輩が横行する。逆に自校の文化祭チケットを人気女子校の可愛い娘に渡すために、兄弟姉妹親類縁者先輩後輩地元つながりなどあらゆるリサーチを行った。いわゆるBe-POPな奴もたくさんいて、リーゼントを維持するのにほんっとうに努力してた。禿乙!方や、普段絶対着ないようなトレンチコートやサングラス、FILAのジャケットなんかを調達しておかしなカッコで女子校の校門に佇む奴とか本当に可笑しくて内蔵飛び出るかと思ったわ。

3年の文化祭後夜祭メインステージのトリ。オリジナルナンバーオンリーで望んだ俺達のバンド名はSad & Solitary TART (S.S.TART)悲独売春婦てなとこだが、前述のしらけムードはまだ続いていて、社会の中に暮らしながら社会に疑問を持ち、一切の法やモラルは他人が作ったもので、なぜそれを守らなければならないのか? ~中略~ 諸々あって、最終的には「自由とは何か?」というテーマで堂々巡りをしていたために、なんとなく無気力で荒んだ退廃的そのものムードだったわけで、ROCKとかプログレやるには最適だったのではないかと思う。S.S.TARTには館野はいなかった。なぜなら奴はガリ勉していたからだ。代わりにライバルバンドのストラト浮浪者佐藤を巻き込み、ボーカルもゲストで巻き込み、風貌はよっちゃんだがめちゃめちゃ上手くなった風間ドラム、後輩のデブもぐらベースというベストメンバーで望んだ。

PA屋は予算が出たらしく、プロを雇ったらしい。ニヤリと笑いながら適当にリバーブやフランジャーをかけてくる。まぁ、ツインリードギターの音量調節はうまくやってくれたので良しとするが。

夏の夕暮れで、空は群青色。僅かな筋雲に夕焼けと新宿の明かりが反射し赤く輝いている。文化祭が終わった後夜祭の野外ステージはグラウンドに500人ぐらいの人がいて、ちょっとした照明まで付いている。今思えば周りは結構な住宅街で、よく許可が降りたと思う。てか多分許可とってないんだろう。。。

3年ともなるとテンポも走ったりせず、余裕の表情で観客の女子を観察したりしながら演奏できるのである。~中略~怒涛のステージ終了後、うちわを持った数人の女子高生が駆け寄ってきて、、、~中略~ あの制服はどこどこだなとか、もう帰っちゃったーとか、連絡先聞けたとかゴニョゴニョ渦巻く酸っぱ臭い青春の情念にまみれながら俺たちは二度と来ない高3の夜を駆け抜けたのだった。。。。。ムフ

終わり

 

White Varnish ②

ベースはひょろっこ鴻巣だったかも知んない。楽器がやたらでかくてチョッパーやるんだけどなんとも楽器に弾かれてるんだよなー。コンプもないノンサスティンのスラップだった。ボーカルは感極まるとオーライしか言わない酒井。キーボードに小金丸が入ったこともある。

小金丸は高2ですでに現代アート界で注目されていた奴で、アクリル絵の具をカンバスに縦横無尽に垂らしたブツでなんかの賞をとっていた。おれにはカラフルなハエたたきにしか見えなかったが。小金丸はシンセサイザーを弄っていたようだが、作品は聞いたことがない。長髪根暗かつふてぶてしい雰囲気のやつだったと思う。学校にはあまり着ていなかったのではないだろうか。ある日調布の駅前交差点でバイク事故で突然死んだ。俺はレクイエムを作りWhite Varnishとしてその死を悼んだ。

White Varnishのメンバーは2年になると私立文系クラスと国立文系クラスに散らばっていたが、よく1階の教室の窓から抜けだしてミーティングした。話す内容は他愛のないものだったが、反体制っぽいエスケープそのものが楽しかった。教師陣も個性的で、毎朝千葉から革ジャンパンチパーマで出勤してくる生物の長島、全身がちんぽな化学の秦保、体型からレッドキングと言われていた体育斉田、数学はV字ハゲのちゅんちくじ、英語がブリティッシュカマ野郎の小垣、倫理社会が俺の宿敵目良。長島はガラガラ声のべらんめい調でスーパーカブで生活指導の見回りをするが、高田馬場のビルの2階にある本屋のエスカレータをカブごと登ってターゲットを仕留めたという逸話を持つ。教師に対して尊敬はなく、なんとかからかってやろうと俺達は毎日趣向を凝らしたものだ。

キングギドラ斉田は柔道部顧問で、頭が小さく、脳みそが小さいのが悩みと言われていた。体育教官室でいつも竹刀を持ってなぜか長島と二人で話していた。体育教官室からグラウンド越しに見える軽音部室でパンを食っていたら、突然斉田が踏み込んできて、「何やってんだ!」と一喝した時はビビった。ギターアンプに斜めに腰掛け振り向きながら「パン食ってますっ!」と返事をした時の斉田のあてが外れた顔は忘れない。タバコかと思って踏み込んできたわけだが、、、その後そのパワーをどこに発散したのかは考えたくもない。

夏の数学ちゅんちくじの授業はよく荒れた。黒板になにか書いている間、ひぐらしのように囁き声で「チュンチクチュンチク」が教室中に広がり、振り向くと止まる。これが別に数学やっていない隣のクラス、更に無関係なその隣のクラスまで伝播していくのだ。夏の風物詩である。

館野のギターはいわゆるレスポールによるドペンタであり、右手の回転数にしのぎを削っていた。一方俺はNSPやってたCharとか、ロックオモシロックというテレビ番組に出てたBros. Johnsonなんかを見ているうちに、”ナインス”なる甘美なものを知ってしまい、館野とは違う指グセが付いていったのである。

つづく

 

White Varnish

高校は新宿にある私立男子校で、俺は軽音部だった。

最初に組んだバンドはマシンガンギターのテッド・ニージェントやもぐもぐロビン・トロワーなどマニアックな趣味のブルースリー似の舘野とその友人で引きこまれたベースの寺澤、それにすでに太り始めちゃったレイジーロックドラマー風間だったと思う。あとクラッシック上がりの油ヘア磯部がキーボードだった。

White Varnish(ホワイト・バーニッシュ:白き消失)は初期のツェッペリン(2期だったか?)のギタリスト、トミー・ボーリンのTeaserとかリビングラビングメイドなど、LED ZEPPを何曲か携えて1年バンドで文化祭に出演した。俺はこのステージに出るために小遣いでは足らず、親に借金までしてGRECOのブラウンのセミアコを購入したのである。

ほとんど絶叫で音程のないボーカルとドドンパシャンシャンしか聞こえないドラム、カウントから倍速、ギター片っぽでかすぎ、という、あるある満載のステージは、照明も何もない、いつもどおりの体育館を満席立ち見状態にし、最後は「うぉーーー!」しか聞こえなかった。しかしそれは演奏に対する称賛などでは決してなく、主にメンバーのキャラ人気の賜物であったことは、想像に難くないのである。

バンド名は俺が考えたのだが、白き消失とは、トリプルミーニングぐらいになっていて、①思春期の男がまっさきに考えそうなアレ、②カセットテープをダビングしすぎてホワイトノイズがががが、、、③しらけ世代と言われていた時代の空気、などである。

Wikipediaより抜粋

しらけ世代(しらけせだい)とは、日本の学生運動が下火になった時期に成人を迎えた、政治的無関心が広まった世代を指す語。1980年代には、世相などに関心が薄く、何においても熱くなりきれずに興が冷めた傍観者のように振る舞う世代を指した。また、真面目な行いをすることが格好悪いと反発する思春期の若者にも適用された。

1983年にデビューした尾崎豊は「しらけ世代」の最たる者、、、だそうだ。

俺達は、White Varnishは、しらけ世代の最先端だったかもしんない。シニカルな眼差しで「チェッやってらんねぇー」「どうでもいいし」とかいうセリフしか出なかった。何もかもが無駄に、無意味に思えて、プログレオタクの持ってきたBonzo Dog DooDaa BandとかNew TrolsとかCAMELとかSilver Tight Way David Bowieもなんかやってたかも知んない。

つづく

 

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