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年別: 2013年 (page 1 of 3)

ハニートラップ

名称未設定いや~怖い怖い、、、
いつものメンバーで山の中。キャンプ帰りなのか、舗装道路のガードレールに沿って車を止め、
藁葺き屋根の白い壁のツリーハウスのようなところに入るよう促された。
中に入ると玉虫色のミノムシのようなファブリックの物体。
Wちゃんが接近してくる、、、、うわぁ~~~~~やめろ~! や、やめろ~♥

と言っているうちにMちゃんが「おまわりさん、今です。こいつです!」といって
警官数名が乱入。わけわからないうちに無実のかわいそうなワタクシはお縄になったのでありました。。。。

っざけんなっ!

肉食バラード

おにく〜  あ〜、、、肉が食いて〜。

LOOPにして最大化してお楽しみください。

アイドル育成

夢の話。

アイドルを育成して稼いでいる秋元とかつんくとかいるわけですが、どうにも素材が悪いのか、韓流に負けてる気がするので、もっとアーティストなアイドルを作ろうということで活動している。で面接したりするんだけどそのうちお互いの仲が悪くなってきちゃって、不穏な空気が蔓延。脅したりすかしたりを繰り返すことになるのかーと、気が重くなって目が覚めた。

俺氏やばい夢で職務に精励す

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数千人が集まるイベントで社長にへばりつく簡単なお仕事に、なんと寝坊して遅刻!案の定プレスやアナリストにぶら下がられて困った顔の社長脇にすっと割って入るが、社長笑顔で突然、俺氏を正面から蹴っ飛ばしたのでありました。

ここで目が覚め、時計は4時。対策を脳内で模索すること1時間。寝ながら仕事したのでした。

この日早速社長秘書呼び出して濃密なブレインストーミングをしちゃったのでした。

ぽんこつ旅館の話

四国に行ったことがなかったので、小豆島と香川県に行った時の話。

小豆島は2013国際芸術祭と称して、様々なインスタレーションが展示されている。全部は行かなかったが、小豆島の光っていう竹で出来た丸っこい小屋のような麦わら帽子の中に入ったようなところに300円払ってうたたねしました。何もしなくて300円。いいよね~観光って。小豆島の光は、観光の光、という意味なんじゃないのかなーこれ。観光資源をおいて、低迷し高齢化するジリ貧経済に文化でテコ入れしようという実験的なプロジェクトだった。果たして今後は?結果は?どうなるのか?

高松港ではバングラディシュの伝統工芸の展示、地元ボートビルダーの和船が何故か混じってたりして、、、、 会場を歩くと、テントの中に、バングラの人がいて、黙々と太鼓にかわを張ったり、織物をしたり、絵を書いたり、鉄を燃やして溶かしてカオスな作品を作ったり、木彫の船や乗れる船、立体的な面へのペイントなど、普段家でやってることをわざわざ高松でやっている。聞けば春からやっているそうで、何ヶ月もこんなことやってて経済的に大丈夫なのか?

小豆島は急峻な山と静寂な海のコントラスト、猿を踏まないようにローギヤで登る渓谷の頂上から四方を見回し、雲の中を通過し、入道雲を横に見た。
24の瞳の舞台となった小学校が保存されていたり、醤油工場見学したり、オリーブサイダー醤油サイダー、オリーブアイス、醤油アイスなど、なんとなく合わない特産品を無理やっこ並べたみたいな不器用な感じがすでにうっすらと香りはじめていた。頑張れ!

フェリー戻って坂出市にある瀬戸内荘という旅館へ。

駅からタクシー。こんぴらさんに行かなきゃ四国に来た意味がない、と断言されたが、階段がきつそうなので却下。ついたホテルは、フロントの説明がなにやらよくわからん。部屋はELVで6階。食事は2階。風呂はなぜか1Fフロントに降りてから再度階段上がって2階。要は増築したので動線がおかしくなってる。

部屋のドアは内開きで、玄関にある全ての履物はくっちゃくちゃになる。入るとユニットバス!え!? がらっと開けると3畳間!え?!なにこれ?あ、こっちにもふすまが、、、がらっと開けると6畳、、、狭いなー、あれこっちは?ガラッ>2畳。これは?ガラッ>玄関に戻る。最初の3畳間の不安な感じのインパクトは最後まで尾を引いた。

純和風の部屋の立て付け。障子を開けると、、、アルミサッシ越しに工業地帯の風景が広がり、瀬戸大橋一望!という触れ込みはデタラメだ、、、と、あれ、あの端っこの方に一部見えてるのがそうか、、、一望、じゃないよねー一部なんとか見えてるだけ、ってな感じだよねー。 あ、蜘蛛の巣!

浴衣でいいです、てことで浴衣で風呂へ。新しそうだけど階段がやたら多い。こんなんなっちゃいましたすいません、堪忍してください、という感じを受ける。

メインの大ブロは湯垢が汚くて入れない。サウナはよいが、水風呂だけ露天で常温w

増築した露天風呂、、、、と言うより一方だけ壁がない室内風呂からの景色は、、、雑木林。
何かをライトアップしているのか?虫の声が間近に聞こえる。微かに隣の建物が見える。

気を取り直して夕食。エレベータが1基しかなくて混んでいるので風呂の後時間がなくて、まぁあの部屋だから和風なんだろうと思い、不本意ながら浴衣のまま食べに来たら、レストランは神戸風におしゃれな白いボックス席で洋食なんだと、、、雰囲気はまずまずなのだが浴衣はちょっと、、、

メインディッシュを選べるはずがステーキに指定されているとのこと。JALとじゃらんのデータ連携不具合によリ連絡先が確認できなかったからだそうで、不満そうな顔をしていると、フロントから西川きよしさん似の総支配人が揉み手してやってきて、「すみませ~ん、ご連絡できなかったので失礼のないようステーキに致しましたー、気持ちでドリンク一杯サービスさせていただきますー」>赤ワイン>まずい>ズラ~っと並べてあるワインボトルの中にシャブリがあったので、ワインリストをください、と頼むと、支配人が身悶えしながら「すびばぜーん、すべて飾りつけなんです~」泣きそうな顔で許しを請うのであります。従業員はみんないい人だったけど、経営が悪いね。

無料夜のバスツアーに参加。ディナーが間に合わず、デザートは後で部屋に持ってきてもらうことに。

バス2台で夜の坂出市観光スポットへ。坂を登って、全く関係ない結婚式場からの夜景を楽しみ、瀬戸内大橋のたもとの公園の展望台に登って降りて。許可とってないんだろうなーきっと。

運転手の私的なぼやきを聞きながら、「ありゃー今日はライトアップしてませんね~」とか、「多少人数おかしくても出発しまーす」などで爆笑しながら無事帰還。

ファミリーで魚編の漢字かるたで盛り上がって部屋でプリン&焼酎という取り合わせで死にそうになりながら就寝。

朝のビュッフェはエレベータ2階扉からレストラン入口までが狭い階段で人が押し合い圧し合い。白いプラスチックのお皿を渡されて入場。朝から直射日光の中で汗ばむ。ボックス席なので出入りがいちいち大変。 サラダのドレッシングは2種類。肉じゃがには肉なし。従業員はいいの。いい人なの。でもねー、、、、、

あまりのポンコツぶりにランナーズ・ハイ的に楽しくなってきたので、アンケートにびっしりとポンコツな点を書いてあげました。従業員はいい人、経営者頑張れ!というメッセージで結んだのでした。

後日譚・・・帰宅後すぐに礼状とそうめんが届きました!CRMの専門家としては、もしかしてどっかの雑誌ではありませんが「敢えての・・・」なのではないか、と思いました。確かにものすごく印象に残り、改善されたかどうか気になるのです。

 

白夜

青い空に白い雲、、、、

ビルの隙間から見上げる夏空

時刻は午前3時すぎ

なんなのこの爽やかさ!

みんな寝ている。。。

一体どうしたんだ?

何が起こったの?

時間が溶けちまったんだって。

溶けた!?

 

キラッキラに美しい空に白鴎がスジを引くように横切る。

kamomo

 

 

White Varnish ③

Battle Age
校内のギターバトルを制した俺は物足りなくなって、うまいベースを探していただけなんだが、友人を辿って調べるうちに結果的に他校の文化祭に乗り込んでいって他校のステージ・スケジュールに無理やりセッションタイムを作らせてジャムセッションしまくり、実質殴りこみをかけていた。超高校生級のベーシストを求めてEの一発とかFGAとかVIm7ーII9なんかで延々とソロバトルをやった。負けそうになると歯で弾く奴とか、ギター投げる奴とか、アーム折れたりとか転がる奴とかいて、死屍累々だった。「ナインスって何なんすか?」っていう奴ら相手に必殺ムリムリ弦飛び速弾きをかまして俺はつぶやく。「時間が止まって聞こえる」今だとあれだ、MATRIXの弾除け背泳ぎ的な感覚だったかもしんない。

以上主観的にはこの通りだったのだが、今録音を聞くと、まごうことなき黒歴史であり、痛くて痛くて劇物である。寒いっ!チム! み、、、みんなも経験あるよねっ!(;´д`)

High-School festival in adolescence.
高校は男子校だった。したがって男子の巣窟は暑苦しく臭く、殺伐としていた。受験勉強の合間のはずなのだが文化祭シーズンになると、予備校でナンパした女子校生から芋づる式に入場券を入手し売りさばいたり、何らかの貸しを返したりする輩が横行する。逆に自校の文化祭チケットを人気女子校の可愛い娘に渡すために、兄弟姉妹親類縁者先輩後輩地元つながりなどあらゆるリサーチを行った。いわゆるBe-POPな奴もたくさんいて、リーゼントを維持するのにほんっとうに努力してた。禿乙!方や、普段絶対着ないようなトレンチコートやサングラス、FILAのジャケットなんかを調達しておかしなカッコで女子校の校門に佇む奴とか本当に可笑しくて内蔵飛び出るかと思ったわ。

3年の文化祭後夜祭メインステージのトリ。オリジナルナンバーオンリーで望んだ俺達のバンド名はSad & Solitary TART (S.S.TART)悲独売春婦てなとこだが、前述のしらけムードはまだ続いていて、社会の中に暮らしながら社会に疑問を持ち、一切の法やモラルは他人が作ったもので、なぜそれを守らなければならないのか? ~中略~ 諸々あって、最終的には「自由とは何か?」というテーマで堂々巡りをしていたために、なんとなく無気力で荒んだ退廃的そのものムードだったわけで、ROCKとかプログレやるには最適だったのではないかと思う。S.S.TARTには館野はいなかった。なぜなら奴はガリ勉していたからだ。代わりにライバルバンドのストラト浮浪者佐藤を巻き込み、ボーカルもゲストで巻き込み、風貌はよっちゃんだがめちゃめちゃ上手くなった風間ドラム、後輩のデブもぐらベースというベストメンバーで望んだ。

PA屋は予算が出たらしく、プロを雇ったらしい。ニヤリと笑いながら適当にリバーブやフランジャーをかけてくる。まぁ、ツインリードギターの音量調節はうまくやってくれたので良しとするが。

夏の夕暮れで、空は群青色。僅かな筋雲に夕焼けと新宿の明かりが反射し赤く輝いている。文化祭が終わった後夜祭の野外ステージはグラウンドに500人ぐらいの人がいて、ちょっとした照明まで付いている。今思えば周りは結構な住宅街で、よく許可が降りたと思う。てか多分許可とってないんだろう。。。

3年ともなるとテンポも走ったりせず、余裕の表情で観客の女子を観察したりしながら演奏できるのである。~中略~怒涛のステージ終了後、うちわを持った数人の女子高生が駆け寄ってきて、、、~中略~ あの制服はどこどこだなとか、もう帰っちゃったーとか、連絡先聞けたとかゴニョゴニョ渦巻く酸っぱ臭い青春の情念にまみれながら俺たちは二度と来ない高3の夜を駆け抜けたのだった。。。。。ムフ

終わり

 

White Varnish ②

ベースはひょろっこ鴻巣だったかも知んない。楽器がやたらでかくてチョッパーやるんだけどなんとも楽器に弾かれてるんだよなー。コンプもないノンサスティンのスラップだった。ボーカルは感極まるとオーライしか言わない酒井。キーボードに小金丸が入ったこともある。

小金丸は高2ですでに現代アート界で注目されていた奴で、アクリル絵の具をカンバスに縦横無尽に垂らしたブツでなんかの賞をとっていた。おれにはカラフルなハエたたきにしか見えなかったが。小金丸はシンセサイザーを弄っていたようだが、作品は聞いたことがない。長髪根暗かつふてぶてしい雰囲気のやつだったと思う。学校にはあまり着ていなかったのではないだろうか。ある日調布の駅前交差点でバイク事故で突然死んだ。俺はレクイエムを作りWhite Varnishとしてその死を悼んだ。

White Varnishのメンバーは2年になると私立文系クラスと国立文系クラスに散らばっていたが、よく1階の教室の窓から抜けだしてミーティングした。話す内容は他愛のないものだったが、反体制っぽいエスケープそのものが楽しかった。教師陣も個性的で、毎朝千葉から革ジャンパンチパーマで出勤してくる生物の長島、全身がちんぽな化学の秦保、体型からレッドキングと言われていた体育斉田、数学はV字ハゲのちゅんちくじ、英語がブリティッシュカマ野郎の小垣、倫理社会が俺の宿敵目良。長島はガラガラ声のべらんめい調でスーパーカブで生活指導の見回りをするが、高田馬場のビルの2階にある本屋のエスカレータをカブごと登ってターゲットを仕留めたという逸話を持つ。教師に対して尊敬はなく、なんとかからかってやろうと俺達は毎日趣向を凝らしたものだ。

キングギドラ斉田は柔道部顧問で、頭が小さく、脳みそが小さいのが悩みと言われていた。体育教官室でいつも竹刀を持ってなぜか長島と二人で話していた。体育教官室からグラウンド越しに見える軽音部室でパンを食っていたら、突然斉田が踏み込んできて、「何やってんだ!」と一喝した時はビビった。ギターアンプに斜めに腰掛け振り向きながら「パン食ってますっ!」と返事をした時の斉田のあてが外れた顔は忘れない。タバコかと思って踏み込んできたわけだが、、、その後そのパワーをどこに発散したのかは考えたくもない。

夏の数学ちゅんちくじの授業はよく荒れた。黒板になにか書いている間、ひぐらしのように囁き声で「チュンチクチュンチク」が教室中に広がり、振り向くと止まる。これが別に数学やっていない隣のクラス、更に無関係なその隣のクラスまで伝播していくのだ。夏の風物詩である。

館野のギターはいわゆるレスポールによるドペンタであり、右手の回転数にしのぎを削っていた。一方俺はNSPやってたCharとか、ロックオモシロックというテレビ番組に出てたBros. Johnsonなんかを見ているうちに、”ナインス”なる甘美なものを知ってしまい、館野とは違う指グセが付いていったのである。

つづく

 

White Varnish

高校は新宿にある私立男子校で、俺は軽音部だった。

最初に組んだバンドはマシンガンギターのテッド・ニージェントやもぐもぐロビン・トロワーなどマニアックな趣味のブルースリー似の舘野とその友人で引きこまれたベースの寺澤、それにすでに太り始めちゃったレイジーロックドラマー風間だったと思う。あとクラッシック上がりの油ヘア磯部がキーボードだった。

White Varnish(ホワイト・バーニッシュ:白き消失)は初期のツェッペリン(2期だったか?)のギタリスト、トミー・ボーリンのTeaserとかリビングラビングメイドなど、LED ZEPPを何曲か携えて1年バンドで文化祭に出演した。俺はこのステージに出るために小遣いでは足らず、親に借金までしてGRECOのブラウンのセミアコを購入したのである。

ほとんど絶叫で音程のないボーカルとドドンパシャンシャンしか聞こえないドラム、カウントから倍速、ギター片っぽでかすぎ、という、あるある満載のステージは、照明も何もない、いつもどおりの体育館を満席立ち見状態にし、最後は「うぉーーー!」しか聞こえなかった。しかしそれは演奏に対する称賛などでは決してなく、主にメンバーのキャラ人気の賜物であったことは、想像に難くないのである。

バンド名は俺が考えたのだが、白き消失とは、トリプルミーニングぐらいになっていて、①思春期の男がまっさきに考えそうなアレ、②カセットテープをダビングしすぎてホワイトノイズがががが、、、③しらけ世代と言われていた時代の空気、などである。

Wikipediaより抜粋

しらけ世代(しらけせだい)とは、日本の学生運動が下火になった時期に成人を迎えた、政治的無関心が広まった世代を指す語。1980年代には、世相などに関心が薄く、何においても熱くなりきれずに興が冷めた傍観者のように振る舞う世代を指した。また、真面目な行いをすることが格好悪いと反発する思春期の若者にも適用された。

1983年にデビューした尾崎豊は「しらけ世代」の最たる者、、、だそうだ。

俺達は、White Varnishは、しらけ世代の最先端だったかもしんない。シニカルな眼差しで「チェッやってらんねぇー」「どうでもいいし」とかいうセリフしか出なかった。何もかもが無駄に、無意味に思えて、プログレオタクの持ってきたBonzo Dog DooDaa BandとかNew TrolsとかCAMELとかSilver Tight Way David Bowieもなんかやってたかも知んない。

つづく

 

やんごとなき夢

36576_319601964782903_100001993074150_738695_1973863761_n東急田園都市線のとある駅で、早朝上り電車を待っていたら、ヨットのメンバーの上島さんの声で、「君は次の列車を待ってくれ」と聞こえる。目を上げると、東急の御曹司専用の御用列車が2両編成でゆっくり通過していく。上島さんはオープンデッキにムスカ大佐のように寄りかかり、片手を上げている。

もうすぐラッシュ時間帯に差し掛かる過密路線をのろのろ御用列車を走らせるあたり、あまりのやんごとなさっぷりに絶句しつつ、浮世離れにもほどがあるなぁ、とじわじわと感じる。

場面変わって財閥所有の別荘。涼しい山の中腹にあって絶景。3階のガラス張り玄関から入って、50畳ほどのロビー。ここに飾る絵をオークションハウスで見繕ってほしいとか何とか、、、

途中忘れた。キッチンとか寝室とか。

地下3階にはトレーニングマシンの小部屋とかだだっ広い風呂があって、御曹司の悪行三昧の諸行が脳内で勝手にフラッシュバック。
下駄代わりの黄色いカウンタックが予備含めて2台雨ざらしでおいてある。

場面変わって同じ山の裏側では山水をろ過して飲めるようにする装置を調整しているおばさん。ろ過器には水蛇が住んでいて、蛇が生きていることが安全な水のバロメータになっているんだそうだ。自給自足で生きる工夫が凝らされていて、感服。

 

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